百八煩悩退散!座禅会で部分的に悟ってきた

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坐禅会とは!



坐禅を組む会です。



・・・・・・・・・すいません。そのままですね。



お寺に皆で集まって坐禅を組み、しばし俗世を離れて瞑想しようというのが、
坐禅会の主旨です。
 
日々雑念にまみれた生活を反省し、煩悩を打ち払おう!ということで、
一般の人が参加できる座禅会に行ってきました。

今回伺ったのは、TuiTuiの地元宮城県の、仙台市青葉区にある輪王寺。
曹洞宗のお寺です。

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立派な参道。道の両脇には、仏様の象が並んでいます。

とても綺麗な参道で、散歩などされている方も多いのですが、
本堂に続く階段の辺りには、震災の傷跡も見られました。

 

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境内(庭園内)にある三重の塔。
 
 

■坐禅開始前
坐禅会は18:30から。
18:00になるあたりから、参加者らしき人がちらほらと見え始めました。
後に従い、事務所の入り口から本堂の中へ。

入ってすぐのところに賽銭箱があるのですが、若い男性の方が、
握り拳いっぱいの小銭を一度に放り込んでいてびっくり。
熱心な檀家の方でしょうか。

開始前の時点で、全体で30名ぐらいは集まっていたと思います。
老若男女問わず、さまざまな方がいらしてました。
私と一緒に初回の説明を受けていたのは7~8名程度で、
若い人が多く見受けられました。

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明るいうちに撮影した本堂外観。
修復工事中で、工事関係の方々がとても忙しそうにしていました。
 
 
 
■坐禅とは!
坐禅というのは、悩める心を空にするために組むものだそうです。

人は、生まれたときは水晶のように綺麗な心を持っているが、
そこにだんだんと苔がついてくる。

日常生活を送る中で、いろいろなことを考えるが故に、悩みが生じ、心にとりつく。
そうした煩悩を捨て去り、苔を落として綺麗な心を取り戻すために、坐禅はある。

お坊さんが仰った坐禅の意義をまとめると、以上のような内容でした。
 
 
 
■坐禅の座り方
「座ることにのみ集中することによって、一切を忘れる」のが
坐禅のコツだそうです。で、その座り方はというと、

①壁に向かって坐蒲(※)に座り脚を組む(靴下は脱ぐ)
②左手の上に右手を乗せて(掌の側が上)両手の親指を自然に合わせる
③頭のてっぺんで上を突くようにして姿勢を正す
④目は薄く開けて一丈先を見る

大まかに言うとこのような形でした。
 
※坐蒲(ざふ):坐禅用の座布団
 

 
■いざ坐禅!
一通り説明を受け終えたあたりで合図の太鼓が鳴って、いざ坐禅開始。

時間帯が遅かったのに加えて、あまり明かりがついておらず、
お堂の中はかなり暗い状態。
そんな中で、先述の座り方のみを意識して、ひたすら座り続けます。

まず初めに感じたのは、
「座ることだけ意識して座っているのは意外と気分がイイ」
ということでした。

私は座っているときの姿勢が悪く、つい猫背になりがちなのですが、
坐禅の座り方を意識して、背筋が伸びているのを実感しながら座っているのは、
なかなか気分の良いものでした。
 
 
座禅というと、木の棒で肩を打つアレをイメージされる方が多いと思います。
残念ながら、輪王寺の座禅会ではそうした作法を行っていないようで、
体験することができませんでした。
残念。ちょっとぶたれてみたかったのに。
 

坐禅の脚の組み方には、結跏趺坐(けっかふざ)と半跏趺坐(はんかふざ)という、
二通りのやり方があります。
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これが半跏趺坐(はんかふざ)。
 
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そしてこちらが結跏趺坐(けっかふざ)。
 

お坊さんには、簡単な半跏趺坐でいいと言われていたんですが、
私はあえて結跏趺坐に挑戦してみました。

結果、どうなったか。(結跏趺坐だけに)
 
 

足首が痛ひ
 


始めてから体感で20分ほど経過したあたりで、右の足首が痛くなってきました。
 
右足を左腿に乗せた上で、左足を右腿に乗せているため、
右足首を左足で常に極めているような状態です。

少し姿勢を変えたいけど、下手に動くと上にある左足がずり落ちてしまいそう。
(左足も痺れてあまり感覚なし)
周囲が静まりかえっているこの状態で音は立てたくない…!
「極力足の力を抜く」という、抵抗にもならない抵抗をしつつ、ひたすら耐え続けます。

その結果、体感でさらに10分ほど経過した頃には、右足首の感覚が完全になくなりました。

痛みも苦しみもない境地。もう何も怖くない。
 
 
右足首だけ悟りを開きました。
 
 
前半40分の坐禅の後、経行(きんひん)という、堂内を歩く行程へ。
足の感覚がない状態で歩けるか!と思いつつ、ようよう立ち上がったんですが、
歩くペースがとてもゆっくり(体感で30~40秒に一歩程度)だったので、何とかなりました。
 
正式には、一呼吸に半歩歩くのが経行の作法だそうです。
 
 
しばしゆっくりと歩いたのち、普通の歩き方で堂内を一周して自分の場所に戻り、
後半の坐禅が始まりました。

後半では、しばらく坐禅を組んだあとに、お坊さんから坐禅に関するお話がありました。
その後、「お経を手にとってください」と言われ、ふと脇を見ると、そこにはお経の折り本が。
 
いつの間に…!全く気配を感じませんでした。
恐るべき坊さんの隠密力。

お坊さんの読経に合わせて、ルビ付きのお経を読むのですが、
一息が長い上に切れ目が分かりづらいので、私を含め、皆さん苦労されている様子でした。

しばらく読むうちに、初めばらばらだった一般参加者の読経が、お坊さんの音程よりも
少し高い、発声しやすいような音程で安定していったのが面白かったです。

お経を読み終えたのち、坐蒲を元あった場所に戻し、坐禅会終了。
お疲れ様でした。
 
 
 
■煩悩のゆくえ
さて、果たして表題通りに煩悩を打ち払うことができたのか?
 
正直なところ、私の中で何かしら悟ったのは右足首だけでした。
 
心のほうはといえば、つい仕事のことを考えてしまったり、
雑事を考えるうちに眠気に襲われたり。
雑念ばかりでなかなか煩悩を打ち払えませんでした。
無心になるって難しい。(人によっては簡単なのかもしれませんが。)
 
 
煩悩を打ち払うところまで行きませんでしたが、
「何も考えない時間を意図的に作る」というのは、とても面白い体験でした。
 
日ごろ、 気分転換とか気晴らしというと、何かしら大きい刺激を受けて、
細かいことを心から打ち払う、ということを考えてしまいます。
 
それに対して、「座る」という単純な一事に専心することによって
他の一切を考えないようにする、というのは、新鮮な感覚でした。
(無心にはなれませんでしたが...。)
 
 
坐禅会は全国各地で行われているようですので、興味のある方、
日々何かしらの悩みにとらわれてしまいがちな方は、
坐禅を組みに行ってみるのも良いかもしれません。
 
  
 <<富井 オーマ>>
 
 
 
 

 


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