面打ち師に聞いた、仕事の魅力

宮城県亘理郡山元町。
太平洋に面した県南部に位置するこの町で、
太平洋に面した県南部に位置するこの町で、
面打ち師 沼田松政(しょうせい・雅号)さんが日々、能面を打ち続けている。
以前は神奈川県横浜市にお住まいで、自動車部品工場で勤めていたが、
定年を機に山元町に移り住んだ。
「横浜で会社勤めをしていた頃から能面作りの修行をしていて、
定年を前に師匠から免状をいただいたんですよ。
横浜ではマンション暮らしだったので教室は開けないと思って、
妻が以前山元町で働いていた縁もありここに居を構え教室を開きました」
面を打ち続けて25年。働きながらなぜ能面作りの世界に入ったのか?
「小さい頃から図工とか美術とか、手に感触のあることが好きでしてね。
面を打ち続けて25年。働きながらなぜ能面作りの世界に入ったのか?
「小さい頃から図工とか美術とか、手に感触のあることが好きでしてね。
その影響もあって技の必要な仕事に興味がありました。
頻繁に能面の展示会も見に行っていて、
その繊細な色使いや形に惹かれたのがきっかけですね」

工房の壁一面に松政さん作の能面がずらりと並ぶ
幽玄を追求する能面打ちの世界
意外だが、能面打ちを始めた頃は楽しくなかったという。
完成のイメージがまったく湧かず、「失敗する」という恐怖もあったのがその理由。
しかし、年数を重ねるとその気持ちは180度変わってくる。
「5年くらい経った頃でしょうか、
「5年くらい経った頃でしょうか、
師匠に聞かなくても段々とイメージする作品が作れるようになってきました。
そうすると能面の奥深さを知ることができ、もっと楽しくなってきたんですよね」
女面と男面では面のおうとつがまったく違い、バランスを取るのが難しい。
女面と男面では面のおうとつがまったく違い、バランスを取るのが難しい。
その違いを表現するのが楽しいようだ。
イメージ通りのものを完成させる楽しさはもちろんだが、打っていく工程にも魅力がある。

正確に高さを測りながら作業は進む
「能面打ちは、コピーの世界です。

正確に高さを測りながら作業は進む
「能面打ちは、コピーの世界です。
写真で本面(能面の原点とされる室町時代の面)をずっと見て完成イメージを創り、
その後図面を引いて打っていくわけですが、
経験を重ねると素材となる木の中に面が埋まっている感覚を得られます。
極端な言い方ですが、木の中から面を取り出すというくらい、
完成イメージを持っているので、どんどん作業が進みますね」


細かな曲線は彫刻刀で慎重に手彫り 表と同時に、面の裏彫りも進める

そこまで完成イメージがあると面を打つのが楽しいそうだが、
同時に難しさも存在している。
「まずは図面を引く難しさがありますね。
「まずは図面を引く難しさがありますね。
本面の写真には幅、長さ、高さが書いてあります。
しかし、写真がいくら原寸だとしても、見た目を良くするために撮影時は若干傾けています。
その違いを読み取り実際の寸法を図面に起こしていくわけですが、
図面が少しでも違えば本面とは程遠い作品になってしまいます。
先ほども言いましたが、能面はコピーの世界です。
いかに本面に近づけられるかが難しいところですね」

能面「平太」の写真と図面、そして胡粉(ごふん)を塗った面。胡粉とはカキ殻を粉砕した顔料
本面に近づけるため面の傷みも再現する 石面のような彩色も自分で配合
塗料はすべて自然塗料を使う
図面を引いたあとは荒彫り。そして細かな彫り出しをしながら、平行して裏も彫っていく。

能面「平太」の写真と図面、そして胡粉(ごふん)を塗った面。胡粉とはカキ殻を粉砕した顔料



図面を引いたあとは荒彫り。そして細かな彫り出しをしながら、平行して裏も彫っていく。
木目をよく見ないと思わぬ剥がれが生じるため慎重に作業を行う必要があるという。
また、図面では計れない部分、例えば頬の膨らみや目じりの角度といったような、
顔の流れを彫るのも難しいようだ。
彫った後は漆を塗り、色を付け、面によっては目に金具を施す。
「面打ち師は彫る技術だけでは成り立ちません。
「面打ち師は彫る技術だけでは成り立ちません。
微妙な色使いが必要な絵の技術、漆の技術、そして彫金の技術など、
さまざまな職人技が必要です。
すべてのバランスが大事なので一概にどの工程が難しいとは言えませんが、
それが能面打ちのおもしろさでもあります」
約80種類あるといわれている本面。
約80種類あるといわれている本面。
松政さんほどの経験と技術を持っていたとしても、一つ完成させるまでに3カ月はかかるという。
松政さんに「能面は“幽玄”の世界」と教えていただいた。
「奥深く、微妙な味わいがある」という意味だが、
見方によって変わる面の表情を、さまざまな技術を駆使して作る。
それだけ奥が深い世界のため、一生懸命取り組まなければ本物の能面を作り出すことはできないそうだ。


下からは悲しみを表現 上からは怒りを表現

横からは喜びを表現。能面「中将」ひとつとっても、見る角度によってさまざまな表情を見せる
日本文化を広める
鎌倉から室町時代に発展しはじめた能文化だが、
交通や情報伝達が発達していなかった時代のため、
東北地方は「能面」に触れる機会が少なく、そのまま時が過ぎたという。
少しでも本物の能面に触れて、大切な日本文化を継承して欲しいという願い、
そしてせっかくの技術を少しでも役立てたいとの思いもあり、山元町に移り住む気持ちもあったそうだ。
現在、松政さんの工房では10名ほどの生徒さんが通い、能面打ちを学んでいる。
「人に教えるってことは本当に大変です。
現在、松政さんの工房では10名ほどの生徒さんが通い、能面打ちを学んでいる。
「人に教えるってことは本当に大変です。
ましてや技というのは、言葉で教えられるものではないと思うんです。
だから実際に私の技を見て、盗んでくださいと良く生徒には言っています。
そのためにはもちろん、自分の腕も磨く必要があります」


生徒さんに教えるための見本。これだけ滑らかでもサンドペーパーは使われていない
教えるだけではなく、頼まれれば神社や公共施設への奉納も行い、
教えるだけではなく、頼まれれば神社や公共施設への奉納も行い、
自らが“幽玄”を追求することで、能面の魅力を広める活動をしている。
意外かもしれないが、松政さんのような現代作家の作品は能舞台で使われることは滅多にないそうだ。
能楽師の宗家は本面を所有しており、舞台ではそちらを使うというのがその理由。
だからといって面を打つ気持ちになんら影響はない。
「奉納用に面を打つときも、能楽で使われるときと同じように打ち、
「奉納用に面を打つときも、能楽で使われるときと同じように打ち、
もちろん漆を塗り、彩色にも力を入れます。
素材だって一番能面に適しているとされる木曽の檜を使います。
はっきり言うと、作ってしまえば誰もわからないようなこだわりかもしれません。
しかしそこは、面打ち師としてのこだわりであり心意気でもあります」

胡粉を塗った上に、色を付けていく

全体を塗りサンドペーパーをかけ、また塗料を塗る。この工程を繰り返し、最終的な色付けを行う
「能面というのは人間性が現れる」
お話しをしていた中で、松政さんが幾度か口にした言葉だ。

胡粉を塗った上に、色を付けていく

全体を塗りサンドペーパーをかけ、また塗料を塗る。この工程を繰り返し、最終的な色付けを行う
「能面というのは人間性が現れる」
お話しをしていた中で、松政さんが幾度か口にした言葉だ。
そのため技術の向上はもちろん、体調に気を使い普段の人付き合いなども大事にしているという。
日本文化として、能面を世界に紹介したいという夢も持っている松政さん。
実際、海外の美術館で展示・実演して欲しいという話しもあるという。
面打ち師として真摯に取り組み、そして常に上を向き続けているからこそ、
松政さんのもとに自然と人が集うのだろう。

能面を打つ楽しさ、難しさを真剣な眼差しで話してくださった松政さん
<<西 康三>>

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- 日本刀鍛冶職人に聞いた、仕事の魅力(2010年06月24日|西 康三)

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