競走馬。牧場側から見た、その出会いと別れ

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何年も競馬を見ている間に、数々の競争馬がデビューし、そして引退していく。
一般的なファンの場合、それが競走馬との出会いと別れということになるだろう。
しかし、牧場で働き、より密接に馬と関わっている方々の視点に立てば、
競走馬との出会いと別れというものは、違ったものがあるはずだ。

そこで今回は、牧場側から見た、出会いと別れについて
宮城県大崎市鳴子で競走馬の生産と育成を手がけている、
斎藤牧場さんのご主人にお話をお伺いした。
 
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斎藤牧場さんは、1990年の日本ダービーを制したアイネスフウジン、
大逃げで名を馳せたツインターボといった名馬が余生を送ったことでも有名な牧場だ。



■仔馬との出会い
牧場で働く方にとっての馬との出会いは、仔馬がこの世に生を受けるとき。
母馬に出産の兆候が見えたら、仔馬を取り上げる準備をする。
 その時の様子について、
 「出産時にアクシデントが起こることもあるので、無事に生まれてくるまで気を抜けません。
付きっきりで様子を見ることもありますよ」
 と教えてくださった。

まれに、少し休憩を入れている間に生まれていることもあるそうで、
「そろそろ生まれるかなと思って馬屋に戻ってみたら、
仔馬がしっかりと立って母馬のお乳を飲んでいることもありましたね」
 というお話も。

生まれ方はいろいろあるものの、仔馬が無事に生まれたときは、
種付けから出産まで、約1年間にわたる丁寧なケアの苦労が報われる分、
「やっぱり、格別な気持ちになりますよ」と語ってくれた。
 


■仔馬の成長
仔馬が生まれてから半年ほどたつと、母馬と仔馬を強制的に離す。
他の馬たちと一緒の環境で育てることで、
自分の力で生きていく術を学ばせ、精神的に独り立ちさせるためだ。

母馬と仔馬にとって、別れることは悲しく、つらいことではあるが、
競走馬として生まれた以上、避けられない試練でもある。

そして、母親との別れから1年ほどたつと競走馬としてのトレーニングを積んでいくことになる。

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雨風をしのぐために設置された、屋根付きのトラック。
トレーニングはご主人が自ら行うのだという。

育成中は、順序を踏んで人になれることを教えていく。
競走馬のトレーニングは、言葉が通じない分難しそうだ。
それについてお伺いしてみると、
「馬によって物覚えは違いますが、全然手がかからないこともありますよ。
ただ、中には他の人からは逃げないのに、自分の顔を見ると逃げていく馬もいますね。
別にいじめてるわけじゃないんだけどね……」という、
微笑ましいエピソードも交えてお話してくれた。
 


■牧場からの旅立ち
仔馬が生まれてから、約2年。
生産から育成まで手がけてきた馬を、ついに競走馬として競馬場に送り出す時が来る。
斎藤牧場さんの生産馬の主な行き先は、船橋や名古屋などが多いとのこと。
どちらも牧場からは距離がある場所だ。

競走馬を送り出すときはどういった気持ちになりますか? とお尋ねしたところ、
「この仕事に携わった始めの頃は、自分の子供を手放すような気持ちにもなりました。
でも、そういった気持ち以上に、無事に競走馬になってくれたことが何より嬉しいですね」
と、お話ししてくれた。

ご主人のお子さんが小学生くらいの頃は、家族連れで競馬場へ応援に行っていたそうだ。
そのお話の中で、
「自分が手がけた馬が走っているときは、とにかく自分が育てた馬に目がいくんですよ。
接戦になったときも相手の馬が何かわからないこともあります」という言葉があった。

その言葉を聞き、例え牧場を離れていっても、
自らが手がけた馬に対する強い思いは消えないものなんだな、ということを感じた。
 
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他の牧場さんから育成を依頼され、取材日の2日前に青森のセリ市に出したという1歳馬。
セリ市に出しても買い手がつかないこともある中、見事に買い手がついたそうだ。
 
 

■馬との新たな出会い
競馬ファンからすると、「競走馬の引退=別れ」だが、
牧場で働く方の場合は必ずしもそうではない。
引退した競走馬を馬を繁殖馬として受け入れることがあるからだ。
それは、馬との新しい出会いといえるだろう。

斎藤牧場さんも、現役を引退した馬を繁殖馬として受け入れている。
生産・育成をした馬が繁殖馬として故郷に戻ってくることもあるとのことだ。

また、繁殖目的でなくとも、
頑張ってくれた馬を少しでも長く生かして欲しいと考える、
競走馬のオーナーの方や有志の方の依頼を受けて、
引退した馬を功労馬として牧場で預かるケースもある。

斎藤牧場さんでは、アイネスフウジン、ツインターボが亡き今でも、
中山大障害を勝ったゴッドスピード、
名マイラー・トロットサンダー唯一の後継種牡馬ウツミジョーダン、
大種牡馬サンデーサイレンスとオークス馬チョウカイキャロルの子供チョウカイウエスト
といった馬たちが元気に余生を過ごしている。

競走馬は華やかなイメージを持つ一方で、経済動物という宿命も背負っている。
現役を引退した後に余生を送れる馬はごくわずか。
引退後の用途が乗馬となっていても、少しすると「行方不明」になってしまうことが多いのが現実だ。
そんな中で、馬が余生を安心して暮らせる環境があることは素晴らしいことではないだろうか。

今いる馬たちはもちろん、
ツインターボやアイネスフウジンにも全国各地からファンが会いに来たという。
馬の誕生日になるとニンジンなどのプレゼントが届くこともあるそうだ。

馬を預かることについて、
「依頼を受けて馬を預かった以上、責任感はもちろんありますが、
日々世話をする中で愛着もわきますし、預かってよかったと思うことも多いですよ」
と語ってくれた。
 
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斎藤牧場さんで悠々と余生を送っている、ゴッドスピード(左)とチョウカイウエスト(右) 
 
 
 
■馬との最後の別れ
出会いと別れはというものは常に1セットだ。
引退した馬との新たな出会いがあれば、必然的にもう一度別れもある。
そして、多くの場合それがその馬との最後の別れとなる。

最後の別れ方というと真っ先に思い浮かぶのが、「死」ではないだろうか。
斎藤牧場さんで馬が亡くなることは少ないそうだが、
一般的な傾向として、馬の死は突然やってくることが多いのだという。

突発的な病気によって亡くなることもあれば、
何らかの原因で突然暴れだし、それが悲しい事故につながってしまうこともあるそうだ。
そのようなことから、
「事故には馬自身の不注意もあれば、人の不注意によるものもある。
だから、馬屋から牧草地に馬を連れて行くときでさえ気が抜けないですね」
ということをお話してくれた。

また、馬の死以外の別れもある。
 
それは、馬が違う牧場へ移動することによって発生する別れだ。
移動させる理由は、その時代の競馬に合った血統を取り入れるために
繁殖馬の世代交代を図るためだという。
 
他の場所へ移動させることで、もうその馬と会うことはほぼ無い。
しかし、競走馬を送り出すときと同様、一度手がけた馬は外に出しても気になるそうだ。
その馬が別の場所で子供を生むことで、牧場ゆかりの血がつながっていく。
それと同時に、新しい人との付き合いが始まることもあるという。

別れが新しい出会いを生むこともあるのだ。



■すべての馬が特別
今回、お話を伺った中で、馬という生き物を扱っている以上、
牧場の方の「競走馬との出会いと別れ」にかかわる責任感や苦労は、
自分も含め一般のファンが考えているよりもはるかに大きいということが分かった。
 
一方で、その出会いと別れを繰り返しながら、自らが手がけた馬が競馬場を駆け抜け、
次代へとその血が受け継がれていく。
そしてまた、いろいろな形で馬や人との新しい「出会い」が生まれる。
そのやりがいや喜びは苦労よりもずっと大きく、何事にも変えられないものなのではないだろうか。

それは、今までで一番思い入れの強い馬は何ですか? と質問させていただいたときに返ってきた、

「特定の1頭というのはいませんね。
大きいレースを勝った馬も、そうでない馬も、
かかわったすべての馬1頭1頭に思い入れがあります」

という答えが表しているのだと思う。
 
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今回協力していただいた斎藤牧場さんのご主人(左)とスタッフさん。
そして、中央で4勝を上げたマイネルアンセム。

<<凱旋門 昇>>

 




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   名前:凱旋門 昇(がいせんもん のぼる) 性別:1982年生まれの牡 座右の銘:競馬はスポーツ 特徴:無   &nbs... 続きを読む