日本を代表する文化、「日本刀」。
世界的に有名な文化でありながら、
日本刀を作っている職人がどんな人なのか知る機会はまったくない。
今回、全国でも珍しい「日本刀鍛冶職人」の方にお話を聞ける、
貴重な機会をいただいたので、どんな思いで仕事をしているのか聞いてみた。
お話を伺ったのは、刀匠 宮城典真(のりざね)さん。
宮城県白石市で日本刀の製作を30年以上続けている職人さんだ。
典真さんは、工芸技術者として宮城県の指定を受けている名匠、
宮城 昭守(あきもり)さんを父親に持つ、宮城鍛冶屋の四代目。
素朴な疑問ではあるが、跡を継いだ理由を聞いてみた。
「小さい頃から父親の仕事を手伝っていたからですかね。
学校が終われば炭切り(炭を小さくすること)や焼入れの手伝いなどをしていたので、
自然に跡を継いでいました」
作業は常に危険と隣り合わせ。熱された鉄の温度は1,300℃まで上がる
自然と跡を継ぎ30年。それだけ続けられるのには「おもしろさ」が存在しているからだと言う。
「折り返し鍛錬※を行うことで、鉄同士が良く練り込まれます。
そうすることで鉄に含まれる炭素量が調整され、
見た目が美しく、切れ味も鋭い刀が生まれるのですが、
良く鍛錬されているかは結局"勘"任せ。
叩いたときの感覚や回数、鉄の溶け具合をある程度見極めたら、
あとは自然に任せて作業を続けます。
その結果がうまくいくか、いかないかは作ってみないとわかりません。
決してデータでは計れないというのがこの仕事のおもしろさですね」
※折り返し鍛錬・・・叩いて伸ばした鉄を折り返しまた伸ばしていく作業。通常10~15回繰り返す。
炎を見つめる眼差しは真剣そのもの ハンマーを使い熱した鉄を慎重に形成していく
包丁やカミソリ、ナタなどは鉄の炭素分が決まっている既製の鉄を使うため
ほぼ均一の品質でできるが、日本刀は自分で自由に作ることができる。
そのため切れ味、硬さも作り手によってまちまち。
それが手作りの良さであり日本刀の個性だとも続けて話してくれた。
作り方だけではなく、材料の選び方にも作り手の個性が出てくるという。
硬い材料を使う人もいれば、柔らかい材料を使う人もいる。
例え同じ材料を使ったとしても、鍛錬の仕方が違うので、
同じものは一つとして存在しないのも日本刀の魅力であり、日本刀作りのおもしろさのようだ。
世界トップレベルの鍛冶技術に誇りを持つ
鍛冶の技術はもともと外国から入ってきたものであり、
刀自体も外国と同じように鉄を延ばしただけの一直線のものだった。
しかし切るというより、叩くに近い外国の刀はとても重く、日本人には向かないもの。
そこから日本人の体型に合わせた刀作りと、より実用性の高い鍛冶技術が発展する。
「日本刀は同じ材質でも炭素量の違う二つの材料からできています。 刀の中心となるのは心鉄(しんがね)というやわらかい鉄。
逆に外側は皮鉄(かわがね)という良く切れる硬い鉄を使い、
二つを合わせてから伸ばしていきます。良く切れるからといって、
皮鉄だけで作ってしまうと柔軟性がなく、すぐに折れてしまうので中心に心鉄を使い、
折れないように工夫しています。
それが名刀の条件、『折れず、曲がらず、よく切れる』刀を生み出す秘密です」
左が心鉄、右が皮鉄の材料。含む炭素量が違うため硬さが違う
別々に鍛錬した内側の心鉄、外側の皮鉄(写真左)を合わせて再び鍛錬。
そうすることで日本刀の原型(写真右)ができあがる
偏見かもしれないが、外国ではすぐに効率化を求めるイメージがある。
事実、産業革命がいち早く訪れた欧米では、
鉄が豊富に取れれば大きな工場で大量生産する技術を早くから持ち合わせていた。
日本の産業革命は明治時代以降になるわけだがその分、
少ない材料から良い材料を選び、世界でも類を見ない高い鍛冶技術が確立されていく。
「切れ味が鋭いのは薄い刀ですが、薄ければ折れやすく曲がりやすくなってしまいます。
その弱点を防ぐために上部が厚く、刃の部分は薄い形ができ上がりました。
刀身が曲線を描いているのにも意味があり、
振り下ろしたときに遠心力が働き、効率よく力が発揮できるためです。
軽くて丈夫、そして切れ味が良い上に、使いやすくてバランスも良い日本刀は、
手間と時間をかけ、試行錯誤を繰り返し完成した日本人のための刀なんです」
原型ができたら手で叩き、徐々に日本刀独特の姿に仕上げていく
日本刀は武器としてだけではなく、美術的価値も問われていた。
諸大名が将軍家への献上品として利用していたほどであるから、
刀鍛冶をはじめ、鍔作り、鞘作り、塗りなど、
工程ごとに最高の技術を持っていなければ作ることができない品だったといえる。
そうした高い技術が集結した日本刀だからこそ
人々を魅了し続け、日本文化としての輝きを現代でも放っているのだろう。
日本刀は最高の美術品
日本刀は文化庁から作刀許可をもらった人でしか作れず、
全国に300人程度しかいないという。
しかも一本一本を丁寧に作れるように年間24本しか作ることが許されていない。
それだけ大事にされている日本文化なのである。
「日本刀は1,000年の歴史がありますが、どの時代の刀匠も昔の名刀を見て、
技術を高めてきました。
今は鎌倉時代や室町時代、江戸時代など、さまざまな時代の名刀を見ることができ、
国宝級の物も実際に手に取って見ることができます。
それを自分で研究し日本刀の優れた雰囲気を再現したいと思っています」

典真さん作の日本刀。
間近で見ているとその美しさに
時間を忘れ引き込まれてしまう
作る自由度が広がっているため、作っていて楽しいとも話されていたが、
逆にそれが難しさだとも言う。
「時代時代の最高品と比べると、まだまだ魅力のない刀しか作れていません。
父親の下について30年ですが、その間に作られた刀を見ても
自分の作品よりいいなと思います。
いかにそのギャップを埋めていけるかということが今後の目標ですね」
技術面だけではなく、文化継承への思いも強い。
「日本刀は武器としてのイメージが強いのですが、
焼けば刃紋が美しく、研磨すれば美しい輝きを放つ日本が誇る最高の美術品です。
自分が作った日本刀を見て、
『綺麗だな』 『格好いいな』と感じてもらえる作品を作っていきたいですね」
作った刀には銘入れをする。この先何十年も残り続けるため、
恥ずかしい作品は世に出せないとお話されていた
日本刀の鍛冶職人というと気難しいイメージを持っていたのだが、
典真さんは物腰、話し方など、すべてがとてもやわらか。
こちらの質問にも丁寧に分かりやすく答えていただいた。
その丁寧さが仕事にも表現されるのだろう。
なにより、日本刀や仕事のことを楽しそうに話されている姿から、
この仕事に対して、大きな誇りを持っていることが十分伝わってきた。
作業から離れると、やさしい笑顔を見せてくれる典真さん
<<西 康三>>